草取りをしながら思う。
自然というのはどうして時期になったら芽吹くのだろう。
春が来たー!芽が出たー!花が咲いたー!いやっほい!
と、その「当たり前」の不思議さをスルーしてしまう事は日常において
よくある事だけど、チコちゃん並みに「それってどうして?」と
一度考え出すとほんと、奇跡だよね。
我が家の愛猫にしても、元野良猫として生きてきた「生きるための勘」みたいなものが備わっていて、食べる草と食べない草が分かるもの不思議。
誰に教わった訳でもないのに。
ちなみにスギナと時々パセリを食べる。
スギナは手に持っていると一目散にやってくる位好き。
人間にとっても実はスギナは良い薬草になるけど、猫にとっても有益なんだろうか。あの食べっぷりからいけば、有益なのだろう。
野生の勘すげーなー。いや、猫の場合は勘とは違うのか?
勘が冴える人、勘が外れる人、その違いも不思議なもので、人生を左右するような大きな選択をしなければいけない時、例えば大きな津波が来て右の道へ進むか左の道へ進むか、のような切羽詰まった選択をしなければならない時。
その時に下す勘って何なんだろう。
もう少し日常の選択だって、会社に入る事、この人と結婚しようと決める事、旅行する場所を決める事。
自分の中ですごく色んな事を考えて決断しても、その先は思ってもみなかった方向へ行くことだってある。
人生って不思議だ。悲しみもあるけれど、奇跡もある。
私の手によって引き抜かれる草を眺めながら思う。
でも結局、それは自分が引き受けなければならない。